畠山製麺の音威子府そば

製造元について
彫刻家砂澤ビッキ氏制作のロゴ
  彫刻家、故・砂澤ビッキ氏に依
  頼して制作した木版画による「音
  威子府そば・畠山製麺」のロゴ
「音威子府そば」の製造元・畠山製麺は、大正15年に創業。
その後、約80年間、三代に渡りそば打ちに研鑽を積んできた。
二代目が他の製麺所で修行し、失敗と研究を何度も繰り返し、数年かけてやっと現在の「音威子府そば」を作り上げる。
黒いそばは、甘皮の部分も入れるのでボソボソになりやすい。
黒いそばなのに、切れないボソボソしない、そしてコシがあるそばをつくるのはとても難しいのだ。
2代目の頃から、駅そば「音威子府そば」として人気が出る。音威子府村は、国鉄が民営化になるまでは鉄道で栄えていた村だった。 天北線に宗谷本線。音威子府で停車中に駅そばを買い、また乗車。汽車の中から外の景色を見ながら食べる駅そばは最高だった。
その後、何度かTVや新聞で紹介され、更に「音威子府そば」の認知度がUP。
現在の代になり、「音威子府そば専用のそばつゆ」を数年の研究開発ののち完成し、販売を開始する。そばつゆの製造は「ソラチ」に委託。 「音威子府そば」のロゴを、故砂澤ビッキ氏(彫刻家)に依頼し、木版画のロゴを完成させる。
西武デパートなどの大手デパート、大手スーパーに卸を始める。今では、札幌の後楽園ホテルや居酒屋、東京の料亭など、「音威子府そば」を食べられる ところも増えている。